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皇族方と洋服 ~外国に劣らぬものを造るまで~

東京都洋服商工協同組合 広報部では、組合員向けの広報誌『日本洋服新聞』を発行しています。

その中に「万年筆」というコラムがあります。
以下は平成24年6月15日発行号の万年筆の全文ですが、我々仕立て洋服職人はその技術をもって、皇族の方々のスーツをも手がけさせていただいているということがお分かり頂ける内容となっております。




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6月14日(木)、故寛仁様の本葬が、文京区の豊島岡墓地内の葬場で営まれた。三笠宮崇仁様の長男で、天皇陛下のいとこにあたる。
猛暑の夏、ある新聞記者が、ついノーネクタイで宮邸を訪ねると、客間に現われるなり開口一番「皇族に会う時位、ネクタイをして来い」と言われた、と書いている。我等業界の味方だ。
平成22年1月号の当日本洋服新聞・万年筆欄に『テーラー同志よ「皇居参賀にはモーニングを着てゆこう」』とあった。平成19年8月号には、元日本橋三越本店のデザイナー・奥山孝夫氏の『陛下のお仮縫い』と題した昭和天皇最後のデザイナーとしての体験を語られた記事が写真入りで載っている。
先月号では秋篠宮様が天皇陛下に「今度、高島屋でつくりましょう」と呼びかけられたエピソードを私が書いた。皇族と洋服。つと思いが巡る。
故寛仁様の客間には昭和天皇と高松宮様の写真が大切に飾られていた。心底尊敬されていたのだろう、と同記者は書いている。
高松宮様は、社会福祉に、社会の発展の為に、常に心砕いておられました。その一環として、昭和27年に「高松宮技術奨励賞」を洋服組合に下賜された。賞は全組合員の「より発展を願われたもの」と私は理解していた。
ところがこの賞を受けた店が、その後自分の商売の儲けの具だけに利用し、店はまんまと組合を脱退して稼いでいる現状が・・・、私の出身母体である中央支部・銀座にあることを知った。宮様は草葉の陰で「無念」に思われている事でしょう。
宮様は端正なお顔立ちで、服装もWの背広を好まれ、ダンディー。人々に好感を与えていた。皇族の方々は服装に本当に気を遣われている。行動を民が関心を寄せているから、も、あろう。 東京都洋服商工協同組合に加入しているテーラーは、皆、「ダンディーな洋服を仕立てる高い技術」を持っています。
天皇陛下や皇族の方々の背広の仕立てを、百貨店でよく承っている。百貨店側には御用達を「公」にしないと言う約束が宮内庁との間に出来ているため。表には出てこない。先の三越の奥山氏も退社されたから、話せたのである。
先に秋篠宮様の話を書いたが、皇太子様も日本橋を利用して下さっている。担当者が赤坂ご用地へ、布地見本を携えて伺う。私も天皇陛下の衣服の「つくろい」を承ったことがあった。便せんに「陛下の御傷みものご修繕下さい」宮内庁。とあった。
故寛仁様は、洋服を作り続けてきた広尾の金洋服店の服部晋さんに「病院から戻ったらまた作って貰うからな」との言葉を残して、帰らぬ人となった。と新聞で読んだ。服部氏は自著を出版したり(読ませて頂いた)、最近ではDVDを発売していると聞いた。
この中で三笠宮崇仁様が自分の声で「この店の洋服の仕立ては良い」と語られていると人伝えに聞いたが本当だろうか?、宮様が? 服部氏は82歳になられる。こんなに卓越された先輩がここを機に、組合に加入して下さって、紳士服業界の発展の為に、最も大切な後を継ぐ、若い洋服仕立工のために、私等と共に更なる「力」を提供して下さる事を切に願う。
亡き宮様も、それを良しとなされるであろうと思いを巡らせつつ宮様のご冥福をお祈り申し上げました。
拝礼
(広報部 中島一郎)

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